世界へ、愛より。
イスラームのあけぼの。
それは、ある夫婦の確固とした信頼と愛から始まった。
570年ごろ、アラビア半島の紅海近くにある、国際色豊かな都市マッカでムハンマドは生まれた。
生まれは名門貴族にしては貧しかったけど、25歳のとき、広く商業を営み、成功していたハディージャという女性に雇われた。
ムハンマドは隊商の管理・運営のような、あくまで仕事上の関係で働いていたんだけど、だんだん2人はお互いに愛情を抱くようになって、とうとう2人は結婚する。
アラブ社会では一夫多妻制が主流だったけど、ムハンマドは、25年後にハディージャが亡くなるまで、彼女1人だけを愛し続けた。
その後自分の事業も軌道に乗り出したムハンマドは裕福な暮らしを過ごしていたが、40代に近づくにつれ、「中年の危機」に陥る。
彼は人生について思い悩むようになった。周りを見渡せば、社会には活気が満ち溢れ、富める者が輝かしく映っている一方で、社会は無残にも孤児や身寄りのない女を置き去りにし、闇で覆い隠そうとしていた。
「一体、自分には何ができるのだろうか?」
そんな悩みを抱えたムハンマドは、マッカ郊外のヒラ―山に向い、その山頂近くにある洞窟で瞑想を始めた。そこで彼は神からの啓示を受けたのだ。
得体のしれない何かが彼に語りかけたのだ。あまりの恐怖に怖気づいた彼は、急いで山を下って、ハディージャに彼が経験した一部始終を語った。
誰も信用しないような話だ。「洞窟で目を閉じてたら、神が語りかけてきた?」、「正義のために自分を犠牲にして、善のために身を尽くせ?」、「神の意志に服従せよ?!」
そのどれもが信じがたい話だった。まさしくオカルトのような話。でも、その話を最初に聞いたハディージャは彼に言った。
「あなたを信じる。」
こうしてハディージャはムハンマドの最初の信徒、最初のムスリムになった。そして、ムハンマドによる説教は、もっと多くの人の心に語りかけ、今日、世界三大宗教のひとつとして名を挙げるまでに至った。
純粋に信じる力ってすごいなって思った。それを可能にする深淵な愛の力ってすごいなって思った。
どんなにとんちんかんなことを言ったって、どんなに常識外れなことを言ったって、まずは話を聞いてくれる、そんな人。あなたにはいますか?あなたは相手にとってそういう存在ですか?
その話が本当なのかどうかなんてわからない。その話が良いか悪いかはわからない。でも、愛する誰かの言葉を、まずは聞いて、考えて、受け止めてくれる。それから思うところを伝える。盲目や服従ではない。信頼と愛。
こうしてある夫婦の愛は世界中の何万という人々の心を、今もなお、救い続けている。
参考文献:
イスラームから見た「世界史」 タミム・アンサーリー著 小沢千重子訳